乗船が遅かったせいで、すぐに夕食の時間になった。ウエイターはにこやかでとても人なつこい。高級船にしてはすこし馴れ馴れしすぎるのではないかと思っていた矢先、「ガッチャーン」と大音声とともに近くで運んできた食事をウエイターがひっくり返す。翌日は違った場所で再び大音声とともに食事をひっくりかえす。山のように食器をかかえたウエイターの重労働に、これが毎日一度の恒例になるのかと不安がよぎる。ヤレヤレ前途多難である。
スープがやってきた。我が奥様は「これは塩辛い」と早速クレームの言葉を発する。今までのクルーズでも全体的に塩味がききすぎているのは知っているだろうに、こともあろうにウエイターに文句をいっている。虫の居所が悪いのか思わず私は身をそらす。しかも素直に「塩味が効きすぎて口にあわない」と言えば良いものを「私は血圧の関係で減塩が必要なの」などとつけくわえる。
ところがである、日本の総代理店から派遣されていた日本人コオーディネータの玉川さんが「明日から必ず良い塩味にします。毎晩次の日のメニューを見せますから選んでおいてください」というではないか。

食卓の生花

最後の晩餐での行事
半信半疑でいたが翌日は完全に好みの塩味になっている。そして初日をのぞいて十三晩、確実にこの約束は実行された。我が奥様の感激はいうまでもない。
ところがある夜のこと「生ハムとスモークサーモンの入ったパスタ」を注文したら塩味の効く生ハム、サーモン抜きでやってきた。単なるパスタをゆでただけのメイン・ディッシュを口にして、我が奥様は絶句。思わず「粉チーズ持ってきて」と頼むとウエイターが本当に心配そうに「塩辛くて身体に悪いですよ」といいながら持ってくる。私は心の中で「血圧などと言うからだ。
ザマー見ろ」とつぶやいた。
初日、二日目と食器を大音声とともにひっくりかえしたウエイターたちも、その後は何事もなく、日を追うに従って親密度が増し、「ツーといえばカー」の関係になってくる。彼らはメインダイニングだけでなくブッフェのリド・レストランでも働いているので、一日中、あちこちで顔をあわす。
食事の配膳が遅いなと思い始めた瞬間に「あと三分待ってください」とか「特別メニューなので遅れてすみません」とのウエイターの一言が私たちの心をとてもなごませてくれる。飲み物の注文を取りに来るのが初日は遅かったけれど、次の日からは「バドワイザーですね。準備しています。」と早い、早い。たまにはアルコール抜きと「土日はアルコールもお休み。月曜日にね」というと月曜日には「バドワイザーですか」とやってくる。とても心地よい。